第70回日本社会学会大会(一般研究報告 福祉・保健・医療3 部会)
1997年11月9日
於・千葉大学 総合校舎F-32 教室

20世紀精神医学の経験

――分裂病と精神療法をめぐって――

(日本社会学会大会報告版(1)
 

周藤 真也*

 

1.20世紀の〈知〉と精神医学
 われわれは、20世紀の〈知〉を考える際に、二つの転換点を捉えることができる。第一の転換点は、1900年前後、――これは、19世紀的な〈知〉から20世紀的な〈知〉のあり方への転換点として捉えることができる。第二の転換点は、20世紀中葉の1950年代から60年代にかけて、――これは、20世紀的な〈知〉の内部における転換として捉えることができる。
 精神医学において、第一の転換点は、早発性痴呆概念(Kraepelin, 1883(2)および精神分裂病(以下、分裂病)概念(Bleuler, 1911=1974)の誕生、あるいは精神分析学の誕生(Freud, 1900-01=1968(3)などがこれを象徴している。第二の転換点は、分裂病の治療可能性が開かれたこと(4)、境界例の出現(5)、反精神医学の誕生(Szasz, 1962=1975, Laing, 1967=1967, Cooper, 1967=1974)がこれを象徴しているだろう。
 しかしながら、これら二つの転換点は、異なった位相にある。このことは、第二の転換点をめぐる次の二組みの認識のあり方を帰結する。第一の転換点の断絶性が示されるとき、第二の転換点は、第一の転換点からの連続性のもとで捉えられる。第二に、第二の転換点の断絶性が示されるとき、第二の転換点は、第一の転換点の断絶性との二重性のもとに捉えられる。第二の転換点は、それ以前からの精神療法の臨床化の完成点、それ以後の精神病院の「解放」、分裂病の軽症化への転換点と位置づけられるとしても、これら二つの組み合わせの非対称性は、現在の姿の可能性を指し示している。
 本報告は、分裂病と精神療法を中心に20世紀精神医学の〈経験〉を追うことによって、この可能性を指し示していきたい。

2.「治らない」病から「治る」病へ
 分裂病概念のもとになる早発性痴呆の概念は、19世紀的な〈経験〉の帰結に位置づけられる。19世紀後半の精神医学における実証主義の基調は、精神医学を完全な近代の臨床医学へと変容させる努力として、厖大な精神症状の記述、精神病の分類へと向けられた(6)その一方で、グリージンガー(Griesinger, W.)の「精神の病は脳の病である」というテーゼに象徴される、身体的原因を特定する努力は、逆に精神病を身体的原因へと還元することの不全性を顕わにし、そうではないものとしての精神病の出現を要請した。20世紀の〈知〉において、精神病は、文字通りの「精神の病」として、ひとの心の方へと〈まなざし〉を向ける。
 ブロイラーの精神分裂病(群)の概念は、19世紀的な〈知〉と20世紀的な〈知〉とのあいだを繋ぐ。ブロイラーは、「早発性痴呆」と呼ばれてきた患者の中に、最終的な精神荒廃に至らない者が多くいるという臨床上の事実と、クレペリンの概念において最終的な精神荒廃という主張を多少後退させたところに発展がみられたという事実から、「最終的な精神荒廃」という帰結を棚上げにして、ほとんどの「早発性痴呆」の者に共通する精神症状、精神障害を抽出して、「早発性痴呆」を「精神分裂病(群)」として再定義する。こうしたブロイラーの分裂病概念は、分裂病が「治る病」へと変容することをその概念において先取りしていたとみることもできるが、その位置は19世紀的な〈知〉と〈経験〉の延長線上にあるだろう。
 20世紀初頭において、分裂病はまだまだ「不治の病」であり続けていた。このことは、フロイトの悲観に象徴される。フロイトは、自らが創始した精神分析技法による分裂病の治療可能性について、当初は明るい見通しのもとにあったものの、この楽観は、臨床的「事実」を経ることによって悲観へと転じていく。その根拠は、「転移能力」の欠如(Freud, 1917=1971:369)や「自我」の脆弱さ(Freud, 1940=1983:180)に求められており、リュムケの「プレコックス(早発)感」(R殞ke, 1941=1984)に示されるような感情移入の不能感や対人接触の不全感は、治療的関係性そのものが成り立たないことを示している。
 分裂病の治療可能性が開かれたのは、精神医学においては抗精神病薬の登場(1952)によって可能になった薬物療法によるところのと説明されてきた。けれども、薬物療法の可能性は、分裂病の発病の機制が解明され、薬物の効果の機制が解明されてのものではない。今日に至るまで、分裂病の原因は、純粋に生物学的要因にみる見方、心因的なものにみる見方、遺伝的要因、(社会)環境的要因にみる見方などあるが、確実な知見は得られていない状況にある。薬物が分裂病を「治るもの」へと変えたとしても、治癒の可能性は、ただ臨床上の効果によって有効性が見出されたのである。さらに、分裂病の治療可能性が開かれる最初のきっかけが、1930年代から行われるようになったショック療法(電気ショック療法、インシュリンショック療法)であることを見逃すことはできない。身体に直接介入し、作用する=させることで、精神病を治療しようとするアイデアは、薬物の服用という形である決着をみたのだ。
 しかし、われわれは、薬物の効果によるところのものを否定することはできないとしても、この変容の過程において精神医学の〈経験〉の水準において大きな変容があったことを見逃すことはできない。この〈経験〉は、20世紀の〈知〉を照らしだし、〈社会〉を表象しているように思われる。われわれは、これを探っていくことにしよう。

3.自我の分裂
 ブロイラーの分裂病概念において、それを「自我の分裂」と読み込むことは危険だ。確かに、今日「分裂病」という語は、「自我の分裂」という感覚をわれわれに誘発させる。けれども、少なくともブロイラーにおいては、精神機能としての人格の統一性についてのただの分裂であり、「人格の解離」とも「自我の分裂」とも厳密に区別されるものだ。分裂は単にそして純粋に観察される対象の属性であったのだ。
 「自我の分裂」としての分裂病像は、すでにフロイトにおいてその萌芽がみられる。フロイトは、精神病を現実からの逃避現象として、つまり自我が耐え難い表象から自分を守るための逃避として捉え(Freud, 1894=1970:16)た。この逃避現象は、「エスへの奉仕」(Freud, 1924=1970:316)とされ、さらには「一片の現実から逃れるために自我がエスによって引きさかれている」(Freud, 1927=1969:394)と捉えることによって「自我の分裂」としての分裂病像の基盤を作った(7)
 「自我の分裂」としての分裂病は、精神医学においてはフロイトを「予言」と見るならば、レインは「完成」として捉えられるだろう。レインは、世界とのあいだに、そして自分自身との間に分裂を見る(Laing, 1960=1971:14)。レインの『引き裂かれた自己』(Laing, 1960=1971)は、「1960年代にはすでに専門用語ではなくなっていた『分裂病』という名称の意味を再解釈した」(Gilman, 1988=1996:323)ものであり、分裂の意味の発見、あるいは再発見に位置づけられる。
 レインが重要になるのは、レインが分裂病が精神医学の世界を超え出たわれわれの共通認識へと踏み出したことを象徴することだ。われわれが注目したいのは、「自我の分裂」は、レインの「再発見」が示すように「分裂病」と呼ばれる精神病理的な対象の中に認められるようになるまでのうちに、自我のもつ根源的で可能的な様態として捉えられるようになったことである。このことは精神分析学とともに、現象学の知見にもみることができる。フッサールは、世界の中で自然的なしかたで経験し世界に関心をもつ自我に対して、自我を見出そうとする自我(8)の特質は、その態度において自我の分裂が起こっていることを捉えた(Husserl, 1931=1980:216f)(9)。このような反省する自我のもっている性質は、世界に対する信念を停止することであり、現象学的にはエポケー(判断停止)と呼ばれる操作が対応する。
 1950年代〜60年代の精神医学の〈経験〉を考える上で重要なことは、この時期に分裂病の治癒=治療可能性が開かれたことである。分裂病の治癒は、分裂病の不治性という臨床的〈経験〉からすれば「了解不能」とされた分裂病者が了解可能な領域に立ち現れるようになったことを意味している。分裂病の治癒可能性は、以前のそれとは異なり相対的に相互交流可能なものとして分裂病を再定置する。そのときに「自我の分裂」は分裂病の傍らでわれわれの〈経験〉の世界の物語として可能になり、そしてその物語は分裂病を逆照射する。分裂病は、理解=了解(verstehen)可能な世界へと変質したのである。
 分裂病にとってこの変質は、病態の説明可能性において神経症的に展開されたものとして位置づけられる。その結果として、神経症と(分裂病をはじめとする)精神病は、本質や分類や所属グループを異にはしなくなる(10)。けれども、「分裂病の黄昏」(大平, 1996)を方向づける転換、境界例の出現は、この間隙をついて現れ出ているのだ。これらのことは、分裂病が神経症の側へと摘み落とされたことの相関物として捉えることができる。神経症と分裂病との混合あるいは中間形態として見出され後に一個の疾病として独立していくことになる境界例は、分裂病の様態がわれわれの経験世界の様態として理解可能なものに変容することによって分裂病とともに抽出されるもうひとつの像として考えることができるだろう。さらに、こうして分裂病が「狂気」の傍らから理解可能な範域へと定着することによって、分裂病像はほかのすべての精神病理現象に拡散していき、一個の疾病として維持していくことがしだいに難しくなっていったのである。

4.一つの精神病
 20世紀中葉、分裂病は、身体的原因に還元しきれない精神障害全般の代名詞としての位置を獲得する。このことは、理解不能な領域からわれわれの理解野へと転換することとの同時性にある。このような、分裂病が獲得することになる位置は、クレペリン、ブロイラーがともに退けたはずの単一精神病説が、逆に現実のものとして立ち現れたかのようである。単一精神病、すなわち精神病はただ一つの種類しかないという考え方は、19世紀の精神病の疾病観の一翼を担っていた(11)。しかしながら、単一精神病説は、20世紀に入っても姿を変えながら繰り返し現れる(12)
 フーコーのように精神病を「疎外された狂気」(Foucault, 1966=1970:133)と捉え、狂気が精神病に閉塞された(13)側面からすれば、単一精神病というのは当然の帰結だ。なぜなら狂気のような不可知な対象を囲い込もうとすれば、まずそれ全体を対象化するそのあり方が「一」であるからだ。しかしながら、このような囲い込みには、まずその対象すら不可知性を帯びており、そこには無理が生じざるを得ない。狂気がある種の「無秩序」であるとしても、それは「まなざされる無秩序」としてしか可能ではないからだ。精神医学は精神病の周辺に多様な現象を対象としてきたことはこのことを好例であろう。
 単一精神病説は、多様な精神障害の病像をただ一つの精神病の異なった現象形態として取り扱いながら、それらを一つの精神病の疾病過程の進行状態と捉える傾向がある。このことは、それぞれの精神病にも適用され、それぞれがそれぞれ一つの精神病となる。最終的な精神荒廃を帰結するクレペリンの「早発性痴呆」の概念の背景にも、このような機制が働いていたと考えられるだろう。ブロイラーが、単一精神病説だけでなく、疾病単位概念を否定して、症状群という形式で分裂病概念を提起したのは、単一の疾病過程という機制からずらすことを意図していた。けれども、ブロイラーの分裂病概念は、クレペリンの早発性痴呆の概念を拡大することによって、逆に分裂病を疾病単位として確立させ、精神病の中心としての位置を築く発端となってしまう。
 このような分裂病の位置は、20世紀を代表する精神病となり、分裂病が治癒=治療可能なものに変容し、理解=了解可能な領域に変位することによって、精神医学の世界を飛び出して、社会を表象しそして人々の生の営為を表象するものになる。こうしたことは、分裂病の社会を映し出す鏡としてのあり方を可能にする。その鏡は、一方ではわれわれ自身を映し出すよりも、当の精神医学を映し出した。いわゆる「反精神医学」が勃興し、閉鎖病棟が中心であった精神病院が「解放」される動きの端緒が出てくるのは、1960年代のことだ。しかし、その背景には、分裂病が治療可能なものとなったという精神医学の〈経験〉があることを見逃すことはできない。そこにおいて、分裂病はより狂気性を捨象され、落ち着いた慢性様態がもたらされていた。このような分裂病の様態においては、分裂病者たちはもはや狂気とはほとんど交流しておらず、相互了解が可能な対象、つまり正常な(ひととは区別できない)〈ひと〉として現れてくることになる。そして〈ひと〉と〈ひと〉とが交流する精神病院の内部はひとつの下位社会となっていたのである(14)
 他方、分裂病という鏡は、われわれ自身の様態を映し出してきた。精神病理学者たちの仕事(15)は、分裂病をはじめとする精神病理を題材としながら、われわれの経験世界のもっている性質を描きだしてきた。けれども、このような分裂病の位置は、われわれのあり方についての知見をもたらすものであると同時に、ひとつの重大な問題をはらんでいる。それは、分裂病が20世紀の精神病の代表として、時代を映し出す鏡となることによって、われわれ自身のあり方の可能性として、当の分裂病を排除する可能性が増大することである。分裂病はわれわれ自身の病として分裂症に変わり、分裂病者は分裂者に変わる(16)。けれども、その結果として、そこに見出されるのは、決して分裂病であるとは限らない。そこに見出されるのは、分裂病というわれわれ自身の鏡において、われわれ自身の映った姿でしかないかもしれないのだ(17)

5.他者の経験と精神療法
 分裂病の「分裂」が自我の様態を表すその捉え方は、精神医学がその〈経験〉の水準において分裂病者という他者と出会った痕跡を示している。
 精神療法は特別な技法というよりも治療者と患者の相互交流の中でのごく自然な治療法である。けれども、20世紀の精神医学において重要なのは、精神療法が臨床医学の中に取り込まれ、臨床的な技法として変貌を遂げたことである。このことは、精神分析学側からみれば分析療法の精神療法への一般化である。この一般化において、分析療法においては結果として対象とすることができなかった分裂病をその対象として取り込むことができる。
 フロイトの分析療法は、フロイトの後継者たちによって試みが続けられるが、その成果が発表されるようになったのは、1950年代に入ってからのことである。分裂病の精神療法の確立期、1930年代から40年代に分裂病の精神療法に取り組んだシュヴィングは、自らの分裂病者への献身的接近を通して、たとえ自分の世界に没入して沈黙し続ける重篤の精神病者であっても、その内面に近づきうることを主張する。しかし、そのためには、従来の精神分析技法とは本質的に異なった態度が必要であり、治療者との間で「われわれ体験」をもつことが大切だという(Schwing, 1940=1966(18)
 シュヴィングの考え方は、「了解不能」であり不治性のまなざしのもとにある分裂病が治療可能であるためには、まず治療者がそのまなざしにおいて患者の治療可能性を確保しておかなければならないことをよく表している。治療者は、目の前にいる自閉した分裂病者に対して、分裂病者を潜在的な健常者、そして現に健常者となりうると考えて、自閉した患者に働きかけて患者の治癒を促さなければならない。このような治療の現実は、治療者に対して、まずはじめに治療行為のみで治療することを要請する。治療者の献身的な分裂病者の受容と無条件の信頼、何を求めずの接近の努力が求められたのは、治療者と患者との関係性の樹立のための必要条件であったからだ。
 これらのことは、分裂病が治療可能な対象に変質する過程において起こる精神科医の〈経験〉をよく表すことになるだろう。目の前にいる自閉した分裂病者に対して、分裂病者を健常者とみなす想像力を駆動させ、患者の正常性を確保する未来先取り的な〈まなざし〉(19)において、治療者の世界において分裂病者はすでに健常者になっている。このことは、対象に正常性の徴候が見出されることによって強化される。けれども、このような未来先取り的な〈まなざし〉は、分裂病者の了解不可能な事態に直面することによって、その可能性が反駁されるのみならず、目の前の沈黙した分裂病者によって、焦点を結ばないばかりか、反転して自らを襲う、すなわち精神分析学的にいえば治療者が患者に投影同一化してしまう可能性を呼ぶのだ(20)。治療者が自らの無意識の領野に気づき、患者に対して転移を起こしてしまう逆転移という現象はこのことをよく表している。当初から克服するべき治療上の困難として現れていた(Freud, 1910=1983:47f)逆転移は、分裂病を取り込んだ精神療法に一般化することにおいて、単なる困難にとどまらない困難として治療者を襲う。逆転移現象は単なる心理的葛藤にとどまらず、分析医に必然的な罪責感(Searles, 1979=1991(1):14)、さらには治療者の「私」の危機(藤山, 1997)ともなりうる。
 精神療法は、治療者−患者間を基軸とするダイアド関係に多くを依っている。そこでは、治療者は、患者に対して「正常な」状態を教え諭すという役割を担うことになる。もちろんこの行為は、直接的な発話として施されるとは限らない。分析療法のねらうところは、解釈という手法=行為を患者へと転位させ、それを患者の無意識の領野へと向け、無意識の領野を媒介することによって、患者自身に気づかせるところにある。だが、解釈という手法の転位におけるもうひとつの主体、無意識の領野をそれとして可能ならしめた主体は、解釈を行使する患者の「行為世界」において、不可視性を帯びることとなる。このような分析療法がもつコミュニケーションの基本構造は、フーコーが近代的な権力の構造に見出したパノプティズム(Foucault, 1972=1975)やウェーバーが資本主義の精神に見出した「プロテスタンティズムの倫理」(Weber, 1920=1989)に共通する一方向的な〈まなざし〉を特徴とすることが指摘されてきた(21)。これはしばしば治療=観察行為の客観性を保証するために、実際に分析者は患者にとって見えない位置におくことによって、治療を効果的に行う工夫がなされてきた。つまり、分析者は実体化することを隠蔽し、あくまでも不可視の存在にとどまろうとしていた。しかしながら、分裂病の治癒=治療可能性を確保するあの〈まなざし〉は、この権力構造に重大な影響を与えざるを得ない。患者にとって不可視の存在に擬制された精神科医は、自ら可視的な実体として患者の目の前に現れなければならなくなる可能性を増大させる。
 20世紀の精神医学が〈他者〉と出会ったことを考えるとき、分裂病は主要な位置にある。分裂病の精神療法が可能になることにおいて、治療者は分裂病者の眼前にまったく無防備な姿で現れなければならなかった。そのとき、いわば、パノプティコンの看守は、囚人に〈ひと〉を感じたその瞬間から、囚人よりも囚人らしい現実の中を生きなければならなくなる。分析医は被分析者に対して鏡面のようにその前に示されたものであることがうたわれていた(Freud, 1912=1983:85)かつての精神分析学に対して、いまや患者が治療者に対してその鏡となり、それも自分と鏡に映った自分の像とが分別できない治療者の現実がそこに生じてくる。
 さらにこのことは、分裂病が治療可能な対象になることを背景として患者の正常性/異常性に対して付与される。ポルナーは、分裂病の落ち着いた慢性様態における患者と治療者との関係を互いに競合する世界経験(リアリティ分離)の選択の問題として捉えた(Pollner, 1975=1987)。原理的にはどれをも選ぶことができるこれらの世界経験のうちで、ある特定の世界経験を「実際に起こった出来事」の決定的世界経験として選択し特権的地位を与えることには、他者が正しく現実を知覚する能力それ自体を疑うことを付随しており、相手の対立する世界経験に対してうち勝つようなプラクティスを伴った「経験の政治学」が付随する。治療可能性を確保する未来先取り的な〈まなざし〉は分裂病の治療可能性が開かれることにおいて、一方では依然として分裂病者の正常性を確保するものであるとともに、他方ではその〈まなざし〉を空転させないことにおいて分裂病者の異常性を確保するものであることを明らかにしたのである(22)

6.近代という表象の時空
 このような精神医学の〈経験〉は、われわれすべてが自らの正常性に対して何ら特権性をもたないことを暴露する。反精神医学は、これを精神医学的な営為において焦点化する。けれども、それとともに暴露されるのは、このようなあり方の普遍性である。パノプティズムは、それぞれの主体において世界が成り立つという「正常な」様態に必然的に付随する潜在的な現象としても観察されうるのだ(23)
 われわれは次のようにいうこともできる。分裂病の「ひとつの精神病」としての性質は、治療可能性が開かれることによって、治癒していく過程としての寛解期が対象化されるようになる。今日の精神医学において、分裂病者は病変からなだらかに寛解していく過程のもとに捉えられ、精神病院という施設とそこにおける閉鎖病棟、開放病棟、デイケア、一般外来といった患者の配置、保健所デイケアや共同作業所といった中間施設はこの過程の中に位置づけられている。このようなあり方が、社会的に開かれた(精神療法をはじめとする)諸療法とともにあるのは、臨床化した精神療法の延長線上で、精神療法の構造を社会的な機制に譲渡したものでもあるのだ。20世紀の精神医学における精神療法の臨床化が象徴するのは、ひとの心の方へと精神医学がその〈まなざし〉を向けたことである。精神病院の「解放」は、より巧妙な排除の構造と、精神という名の従順な身体が求められるようになったという別の側面を示している。
 このようなあり方は、フーコーが「生−権力」として概念化した(Foucault, 1976=1986)ものであることはいうまでもない。けれども、それとともにこのように認識されることによって、このような「近代性」の構造それ自体が、表象性を獲得していることである。その位置を分裂病が例示する。「近代の病」とされる「分裂病」が「表象の時空」となるように、近代もそのようなものとしての性質を獲得しつつあると捉えられる。われわれがはじめに示しておいた二つの転換点の非対称性は、現代性の位置価を例示するのだ(24)。それが、われわれが「分裂病」を取り上げて論じたように、ひとつの「時代」の「終焉」においてのものであるとしても。
 

【註】
(1)本稿は、本大会と同時に発行される同名の論文(周藤,1997)に基づき、執筆後に得られた知見を含めて書き改めたものである。紙幅(時間)の都合上、省略した部分もあり、あわせてご参照いただきたい。
(2)クレペリンの「早発性痴呆」概念は、モレル(Morel, B. A.)やピック(Pick, A.)の同名の概念を参照しつつも、カールバウムの「緊張病」概念(Kahlbaum, 1884=1979)、ヘッカーの「破瓜病」概念(Hecker, 1871=1978)の影響のもとに、独自の概念として再構成したものである。「早発性痴呆」の中心概念は、「高度の神経的衰弱状態への発展」であり、患者にみられる精神症状の特徴だけでなく、若年期に発病し、早晩に精神荒廃へと至っていくという不可逆的な経過の道程が含み込まれていた。
(3)フロイトの『夢判断』を精神分析の誕生=完成みら認定しうるものとして捉え、精神分析の中心的な教義が成立していく過程に焦点をあてて、19世紀から20世紀への言説システムの転換を導いた社会的機序を描いたものとして大澤の論考(大澤, 1997)を参照。なお、1900年は、フッサールの『論理学研究』(Husserl, 1900-01=1968-76)の発行が始まった年であり、精神分析学と並ぶ20世紀の〈知〉における大きな運動となる現象学の誕生した年としても認定できる。
(4)1952年の抗精神病薬クロルプロマジンの登場がこのきっかけとなる出来事と捉えることができる。
(5)神経症と精神病の中間状態を認め、「境界状態」という概念を提唱したのは、ナイト(Knight, R.)である。
(6)臨床医学の生成については、フーコーの論考(Foucault, 1963=1969)が参考になる。
(7)こうしたあり方は、ブロイラーの分裂病概念が19世紀的な〈知〉と20世紀的な〈知〉の過渡的な形態であることの確認となるだろう。クレペリン、ブロイラー、フロイトという世紀転換期の精神医学における三人の巨人の中で、「早発性痴呆」から「精神分裂病」へのなだらかな転換、そしてフロイトの自我への着目を早くから評価しながらも19世紀的な〈知〉の枠組みの中にとどまったブロイラーの分裂病概念は、20世紀的な〈知〉を象徴する精神分析学からみれば転換点として断絶として認識される。
(8)現象学的にいえば、現象学的に変更された見方をとりそのような態度を固持している態度が相当する。
(9)同様に、シュッツも「何らかのものを主題的に、それ以外のものを地平的にしようとすれば、われわれは自らの統一ある人格の人為的な分裂を想定せざるをえない」(Schutz, 1970=1996:41)として「自我分裂の仮説」をあげる。もし、この仮説が事実であるならば、生活世界にははじめから分裂病(症)的な機制の働く場であるということができるだろう。
(10)このことは、こうした変質を経た上で分裂病(症)を捉えたドゥルーズ&ガタリの論考と一致する(Deleuze & Guattari, 1972=1986:163)。
(11)19世紀中葉から後半にかけて、ツェラー(Zeller, E. A.)やノイマン(Neumann, H. W.)、グリージンガーらの精神病観において主張された。
(12)晩年のクレペリンに近似した考え方がみられたほか、ヤンツァーリク(Janzarik, W.)、コンラート(Conrad, K.)などが単一精神病説を唱えたことが知られている。
(13)古典主義の時代におけるこの過程についてはフーコーの論考(Foucault, 1972=1975)を参照。
(14)ゴッフマンの『アサイラム』(Goffman, 1961=1984)の背景にはこのことがあるのである。
(15)例えば、木村敏の一連の仕事を考えるとよいだろう。
(16)ドゥルーズやガタリの分裂症分析は(Duleuze & Guattari, 1972=1986, Guattari, 1979=1990)は、分裂病と呼ばれる表象のなかに究極の近代性を見出したものとして位置づけることができるだろう。さらに、分裂病者においても分裂者として分裂者分析を試みたものとして松尾の最新の論考(松尾, 1997)があげられる。
(17)ある分裂病者の言葉をもとにして「分裂病性疎外」をわれわれの日常生活の自然的態度がもっている自然で自明な性質の「喪失」体験として取り出したブランケンブルクの『自明性の喪失』(Blankenburg, 1971=1978)の強度は、このことを精神病理学において行ってしまったところにある。現象学のもつ超越論的還元という性質は、生活世界への逗留のまなざしを要請し、現象学的なエポケーとは異なるエポケーを発見する。シュッツは、反省する自我のもつ(現象学的な意味での)エポケーに対して、われわれの自然的態度において、世界に対する疑念を括弧に入れるというあり方を、「自然的態度のエポケー」と呼んだ(Schutz, 1973=1983-85[II]:37)。ブランケンブルクの分裂病論はこのことに着目する。ブランケンブルクは、このような分裂病者の様態は、「病的」な(現象学的意味での)エポケー、あるいは自然的態度のエポケーの特異的な「弱さ」として位置づけた(Blankenburg, 1979=1980:104)。
(18)この精神療法において、分裂病者に接する時の技法は、ただひとつ、すなわち「病者の傍らで、治療者が何も語らず、静かに沈黙して過ごす」ということである。松尾は、この技法を用いて寛解に導いた症例田中について詳細に記述している(松尾, 1987)。松尾の彼の傍らに黙って居ようという試みは、入院当初は拒絶的な沈黙を呼んだ。だが、松尾は彼との間に沈黙、松尾のいう「非対象化的無関心的沈黙」を置くように心掛けるにしたがって、非拒絶的なものになった。さらにこの沈黙を置きつつ、彼の自己表出を待つ中で、松尾にとってこの沈黙は彼を保護するものであるかのように感じられたという。こうした経過を通して、田中はしだいに自発的な自己表出が可能になり最終的には退院が可能になっていく。なお、筆者は、社会性の基底を身体論的に論じる中で、この現象についてとりあげている(周藤, 1996)。
(19)大澤は、このような〈まなざし〉のあり方が、資本を析出するダイナミズムと同一であることを指摘し、これを「目的」に「追いつかない視点」と「追い越してしまった視点」との二重性のもとに捉えている(大澤, 1996)。
(20)サルトルが「絶対的な空虚をとおして、対象性へと向かう一つの転落」(Sartre, 1943=1956-60(2):127)として概念化した「他有化」の現象に相当している。
(21)森の論考を参照される(森, 1993)。
(22)レインの「ひとたび『分裂病者』になれば、ずっと『分裂病者』と見なされる傾向がある」(Laing, 1967=1973:129)というのは、単なるラベリング論的な機制にとどまらない精神科医が患者に対して確保している異常性を指し示している。
(23)ウェーバーが論じた「プロテスタンティズム」の機制や(Weber, 1920=1989)、ゴッフマンの捉えるアサイラム(Goffman, 1961=1984)にも同様の要素があることがわかるだろう。
(24)われわれの論考において、19世紀からの世紀転換期に「近代」という形式を、20世紀中葉の転換期に「現代」という形式を見出すことができるように思われる。これは(近代的な)自我の成立と共鳴している。このことは、ある程度の妥当性をもっていると思われるが、次の一文にあるような留保とともに考えなければならないだろう。

【文献】
Blankenburg, W. 1971  Der Verlust der nat殲lichen Selbstverst穫dlichkeit : Ein Beitrag zur Psychopathologie symptomarmer Schizophrenien, Ferdinand Enke Verlag.  = 1978 木村敏・岡本進・島弘嗣訳『自明性の喪失:分裂病の現象学』みすず書房.
――――――  1979  メPh穫omenologische Epochサ「nd Psychopathologieモ, W. M. Sprondel und R. Grathoff (Hrsg.), Alfred Sch殳z und die Idee das Alltags in den Sozialwissenshaften, Enke. = 1980 若松昇・木村敏 訳「現象学的エポケーと精神病理学」『現代思想』8-11:98-117.
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*すとう しんや/筑波大学大学院博士課程社会科学研究科・日本学術振興会特別研究員
  E-mail:ssuto@social.tsukuba.ac.jp