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社会学ジャーナル 第25号 71〜82頁 2000年3月

日常生活の世界と自然的態度の記述
--A・シュッツとW・ブランケンブルク--

周藤 真也

一、はじめに

 シュッツの多元的現実論(一)において、狂気の世界は沈黙の中にある。シュッツはわれわれが現実のアクセントを付与しうる限定的な意味領域として、「夢の世界、心像と空想的想像物の世界、とりわけ芸術の世界、宗教的体験の世界、科学的観照の世界、子供の遊びの世界、そして狂気の世界」[Schutz, 1945=1985:41]をあげる(二)。シュッツはこれらの限定的意味領域のそれぞれに固有な形態について詳細に記述をしていく。だが、ひとつだけ例外がある。シュッツは狂気の世界については何も記述をしない。このことは、シュッツの多元的現実論、あるいは自然的態度の構成的現象学の何を語るであろうか。
 シュッツは、自らの学の現象学における位置づけを「自然的態度の構成的現象学」と称する。こうしたシュッツにおいて、現象学的社会学とはすなわち自然的態度の構成的現象学のことであったのだろうか。われわれが思い起こすのは、シュッツのフッサールに対する批判だ。シュッツはフッサールが『デカルト的省察』[Husserl, 1931=1980]の第五省察において自己移入論によって他我経験を超越論的に分析したのに対して、「世界を構成する他者たちが超越論的主観性として構成される仕方を示してはいない」[Schutz, 1948=1983:297]と結論づけた。シュッツはフッサールが試みた間主観性を超越論的に論じていく方向を否定し、自然的態度における他我の一般定立によって間主観性を説明する。「自然的態度にとってこの世界は、個々人の私的な世界ではなく、はじめからわれわれすべてに共通する間主観的な世界」[Schutz, 1945=1985:11]である。こうしてシュッツは、自然的態度のうちで生きられる世界を固有の対象とする現象学的社会学を打ち立てていったように思われてきた。
 しかしながら、われわれは「自然的態度の構成的現象学」というものは、「現象学的社会学」とは異なった位相のもとにあると考えなければならないのではないのか。なぜなら、シュッツは「自然的態度の構成的現象学」をフッサールのいう「真の志向性の心理学」として置いているからだ。そして、そういうものとしてシュッツが置いている以上、シュッツの「自然的態度の構成的現象学」は、フッサールのそれに基づいて、そしてフッサールのその先で、現象学的社会学であるというよりも、現象学的心理学であるはずではなかったか。
 このように問題を設定するとき、多元的現実論は俄然と重要性を帯びて立ち現れてくる。なぜなら、「多元的現実論」は、シュッツの「自然的態度の構成的現象学」をフッサールのそれの方へと位置づけるときに、ほとんど唯一純粋な「現象学的心理学」といってよい位置をもつからである。だが、そのとき社会学者シュッツはどこに行くのか。われわれは次のように推論していくことができる。「多元的現実論」は、シュッツの「現象学的社会学」にとって大きな異物であったはずだ。それは、社会学ではなく心理学であり、そして決して社会学となりえないはずであるからである。
 しかしこうした〈異物〉は、シュッツの現象学的社会学を見極める上で方法論的な可能性をもっている。われわれは、この可能性を取り出すことによって、シュッツの「現象学的社会学」を批判的に検討することにしたい。そのとき、われわれは「現象学的社会学」における「多元的現実論」という〈異物〉の「多元的現実論」における対応物を探し求めるとするならば、冒頭の狂気の世界に辿り着く。「多元的現実論」において狂気の世界はいかなる意味において〈異物〉でありうるのか。こうしたシュッツの多元的現実論における語られざる領域は、シュッツの現象学的社会学を見定める上でのひとつの端緒となっているように思われるのである。

二、「自然な自明性の喪失」

 シュッツの多元的現実論において、日常生活の世界は多元的現実のひとつであるとともに、他の意味領域の原型となる特別な意味領域である。シュッツによれば、日常生活の世界は、つねにわれわれの現実の多元性の中心にあり、われわれの他の意味領域への移行の「ショック」の経験ですら、それ自体、日常生活の現実に属しているという[Schutz ,1945=1982:39f]。
 このような日常生活の世界への吸着は、社会学者シュッツの学問的な立場と相補的な関係として捉えられる。先に述べたように、シュッツの学に含み込まれたフッサールに対する批判は、シュッツをして自然的態度に向かわせるだけでなく、それをプラグマティックな動機に支配された間主観的な世界として定義づける。そして、そうした定義づけられた世界こそがまた生きられる世界の自然的態度であるのだ。
 このようなシュッツの現象学的社会学は、精神病理学におけるブランケンブルクの議論に引き継がれる(三)。ブランケンブルクの現象学的あるいは社会学的な功績をあげるとすれば、日常生活の世界とそこにおける自然的態度そのものが超越論的に構成されていることを確認したことにあるだろう。ブランケンブルクはこれを「自明性」の構造として明らかにしていく。
 ブランケンブルクは、「自明性」の構造をひとりの分裂病者アンネ・ラウの言葉に求める。アンネは、自らの病的体験を追想して、「あたりまえ」ということがわからない、「ほかの人たちも同じだ」ということが感じられない、不自然な、へんてこなことを一度にたくさん考えたりする、なにごとも理解できず、なにをしてもうまくゆかず、なにひとつ信じられないと言う[Blankenburg, 1971=1978:65f]。そして、そうしたアンネが自らに欠けているものとして言うのは「自然な自明性」であるという[Blankenburg, 1971=1978:74]。
 ブランケンブルクは、アンネのこの言葉をもとに、われわれの世界−内−存在を支えている自明性の構造を論じていく。ブランケンブルクによれば、われわれの日常生活の基底には、「自然な自明性」が存しており、それは「あらゆる気楽さや安心感にとっての基盤、それの可能性の条件」[Blankenburg, 1971=1978:105]であるという(四)。だが、この日常生活の基底にある「自然な自明性」は、習慣的な日常的意識の基盤として世界−内−存在を支えているがゆえに、そこから浮かび上がらず健康者にとっては意識化されることがない。「自然な自明性」は正常にはたらいていることがあまりにも自明であるがゆえに、それに対して注意を向けられることがない(五)。
 こうしてブランケンブルクの分裂病者の現存在分析は、われわれの生が自然な自明性に裏づけられたものであることを明らかにしていく。「自然な自明性」は、自然的態度の支配する日常生活の世界の地平であり、日常生活の世界に対して超越論的次元に属している。こうしてアンネの発した問いは、「自然な自明性」という日常生活の世界のもつはじめから超越論的なあり方が失われたことに対して、そのような機制の所在を問うものとして解釈されることになる。

三、人間学的精神病理学の陥穽

 こうしたブランケンブルクの分裂病論は、社会学においてシュッツの自然的態度の構成的現象学を補足し、強化するものとして捉えられてきた。しかし、単純にそうした捉え方をしているだけでは、精神病理学の構成の「秘密」を隠蔽してしまう。ブランケンブルクの分裂病論は、確かにシュッツの自然的態度の構成的現象学の出発点である自然的態度がいかなるものであるのかを根底的に記述するものであるだろう。だが、それは分裂病者の存在が微妙に絡み合うことによって成立しているものであるのだ。というのも、ブランケンブルクの記述は、厳格に自然的態度の構成的現象学として捉えてみれば、正常なわれわれの生きられる世界の自明性についての記述であって、原理的に分裂病、あるいは分裂病者、そしてその世界についての記述とはなりえない。自然的態度の構成的現象学としては、ブランケンブルクの議論は、分裂病について何も語っていないし、何も語ることはできないのである。
 これはブランケンブルクの分裂病論にかぎらない人間学的な精神病理学すべてが抱える根本的な問題だ(六)。精神病理学がもし人間学であるならば、それは議論を進めるときわれわれすべてに共通する普遍的な人間学としてのみ可能になっていく。例えばブランケンブルクの議論の場合、それはわれわれの自然的態度のもつ自明性の機制の所在を問うものとして可能になる。そこにおいてはそれはいかなる特定の限定された対象(精神病者)についての精神病理学からは逸脱していく。
 ブランケンブルクの議論は分裂病といわれている人々を題材としながらも、その議論は徹頭徹尾われわれの自然的態度の根柢を問う人間学として可能になっている。このことはアンネの語りをとることによっても明らかだ。アンネの語りは、その語りの位置それ自体は狂気でも何でもない。ブランケンブルクが注目したアンネの省察は自らの狂気経験に基づいてものであったとしても、アンネの省察それ自体は決して狂気に位置するものではない。だが、それにもかかわらず、ブランケンブルクの議論は特定の限定された対象についての精神病理学としてある。精神科医であるブランケンブルクは、具体的、個別的な精神病者の症例に基づいて立論する。そうしたブランケンブルクの議論は、分裂病について何も語っていないものであるはずにもかかわらず、それは依然として分裂病論としてある。
 われわれは、ブランケンブルクの議論が、精神病理学としてある以上、自然的態度の構成的現象学のもっとも基底、すなわちその出発点に位置するものでありながら、それとは全く異なった別種のものであるということも考え合わせなければならない。精神病理学において自然的態度は正常/異常を隔てる規準ともなりうる。精神病の様態を人間学的に記述することとは、精神病とされている人々の様態を自らの経験において記述していくことにほかならない。しかし、こうした記述は、ある人間が精神病であることを単に括弧に入れるだけでなく、往々にしてそれを自明のものとしてしまうようになる。というのも、実在するのは精神病とされる人間のみであるにもかかわらず、精神病の様態を記述することは、精神病者が存在するものとして記述することであり、そしてその記述によって構成されていくヴァーチャルな空間=世界はまた現実そのものであるからだ。
 精神病者が異常でなければ、精神病理学は個別の精神病者を対象とした精神医学としては成立しえない。このことは、人間学的な精神病理学に対して、改めて精神病者を異常として位置づけさせる傾動を呈しかねない。H・C・リュムケが分裂病者との接触における特有の感覚を「プレコックス(早発)感」として定式化したことはよく知られている(七)が、リュムケのこの概念は、「感情移入や対人接触に至らない感覚」[R_mke, 1941=1984]が示されており、こうした経験に基づいた精神病理学は、現象学的に言えば他我の一般定立が阻害された経験を記述することになるだろう(八)。観察される狂気、あるいは分裂病者の「感情移入できず、了解不能で、不自然と思われる」[Jaspers 1913=1971:17]様態は、ただそれだけではなく人間学的な精神病理学において分裂病者の異常性を記述するものとなりうるのである。
 かつてレインが「ひとたび『分裂病者』になれば、ずっと『分裂病者』と見なされる傾向がある」[Laing 1967=1973:109]と指摘したように、「異常」として一度下された診断は反復して持続し強化される傾向をもっているというのには、ラベリング論によって社会学において定式化された社会的機制だけでなく、人間学的および精神医学に支持されることになる解釈上の循環としても理解しなければならない。人間学的な純化は対象が精神病、あるいは精神病者であることを括弧に入れることによって、精神病であることに対する否定性が加えられるにもかかわらず、精神医学であることは改めて対象を異常として、精神病を患っている者として位置づけ直す。人間学的であること、精神医学であること、少なくともいずれかを放棄しない限り、この循環は精神病を実定する空間=世界を現実としていく。 
 『自明性の喪失』において、たしかにブランケンブルクは精神病理学を放棄することはなかった。ブランケンブルクは、寡症状性経過型をもつ分裂病者たちの多くは、過度の自明性という外観を示しながら、彼らなりの世界のうちで活動するという。だが、その自明性は、「不自然」な(までの)自明性として、分裂病性の疎外という結論に帰着させる。そのような自明性は「われわれにとっての自明性とは似てもに似つかないようなある種の自明性」であり、患者たちが疎外にすっかり住みついてそれと一体化してしまっていると判断させてしまう[Blankenburg 1971=1978: 208](九)。

四、シュッツがシュッツを超え出るところ

 ブランケンブルクの精神病理学がわれわれに指し示すのは、自然なものに対する指し示しは正常なものに対する指し示しを伴うことである。自然的態度を主題とするならば、非自然的なものは背景に退いて除外されている。これだけでは非自然的なものを排除してしまう可能性の発端にすぎず、何も生じてはいない。問題になるのは、それが何であるのかを指し示すことにおいて、その排除が明らかになるときだ。
 これは、20世紀の現象学に共通する問題へと繋がっていく。20世紀の現象学は、立ち現れる事象そのものを記述することに力を注いできた。しかし、それは自然で自明なものを対象化してしまうことである。そしてまた生活世界の解明というフッサールが為し得た転回[Husserl, 1936=1980]はこうしたものを対象化してしまう営みを決定づける。シュッツの自然的態度の構成的現象学は、単純に超越論的現象学を放棄したのではなく、フッサールの超越論的現象学を活かす道もであったとしたならば、シュッツを引き継いだブランケンブルクが自然的態度そのものが超越論的に構成されていることを示したことはこのことを如実に示しているだろう。しかしながら、本来、自然的態度、あるいは日常生活の世界は、語り得ないのではないのか。自然的態度−日常生活の世界とは、それがそのようなものとして語られる瞬間に虚構となる。自然的態度の構成的現象学というひとつのプロジェクトは、そこに徹底してひとつのリアルな世界を作り上げるか、そうでなければ自ら崩壊していくほかない。
 われわれは、シュッツのテキストに、シュッツが自らが提示しようとする自然的態度の構成的現象学を超え出ていこうとする傾動と、そのうちにとどまろうとする二つの相反する傾動を見出すことができる。いまここでシュッツの日常生活の世界の概念を例にとるならば、次のような議論をすることが可能だろう。シュッツは確かに日常生活の世界を「至高の現実」とみなしていたかもしれない。だが、シュッツは多元的現実論において、そう論じることに必ずしも成功しないのではないのか。論文「多元的現実について」[Schutz , 1945=1985]において、至高の現実として語られるのは、もっぱら労働の世界(working world)であって、日常生活の世界を至高の現実と考えていたことは文脈から察知できるにすぎない。それではシュッツは労働の世界を日常生活の世界と等価、あるいは労働の世界が日常生活の世界に内包するものとして捉えていたのではなかったか。確かにシュッツはある時期まではそのような前提をもっていた。しかし、シュッツは論文「シンボル・現実・社会」[Schutz, 1955=1985]を執筆する中で、両者の差異が無視できないものになってしまっていく(一〇)。
 論文「シンボル・現実・社会」の「多元的現実」の項において、シュッツはいつものようにジェームズの『心理学原理』を引き、ジェームズの下位宇宙の概念をシュッツの限定的意味領域の概念に置き直す。シュッツはジェームズが下位宇宙を至高の現実として捉えたのに対して、日常生活の世界を至高の現実として捉えることを試みる。シュッツはそのときひとつの「奇妙」な結論を導き出している。

 日常生活の外的世界は、至高の現実である。
櫃錣譴錣譴蓮¬瓦鬚澆討い覺屬任垢蕁△修貅身外的世界の事物であるわれわれの身体によって、つねにその世界に参加しているからであり、
浤暗諸対象は、いやしくもそれが克服されるとしても、ただ〔われわれの〕努力によってのみ克服されうるにすぎない抵抗を〔われわれに〕与えることによって、われわれの自由な行為の可能性を制限するからであり、
澆修寮こΔ蓮△錣譴錣譴自分たちの身体的活動によって関与しうる領域であり、そしてそれゆえに、われわれが変化または交換しうる領域であるからであり、
--以上の諸点からまさに当然の帰結であるが--この領域内で、しかもこの領域内でのみ、われわれはわれわれの仲間とコミュニケーションができ、そしてフッサールのいう意味での「共通の了解環境」をうち立てうるからである。
[Schutz, 1955=1985:180]

 「日常生活の外的世界は、至高の現実である」という一文はある意味で決定的であるかもしれない。なぜなら、読みようによっては、この一文によって、すべての限定的意味領域が至高の現実である可能性が示唆されてしまうからであり、すべての限定的意味領域は自然的態度としての資格をもちうること、シュッツが自らの自然的態度の構成的現象学において自明視してきた日常生活の世界を、身体や労働の世界を規準にして再編しなければならないことに繋がる可能性があるからだ。
だが、もちろんシュッツはそうすることはない。シュッツにとって日常生活の世界とは、何よりも他者との実際のコミュニケーションの場であり、シュッツは日常生活の世界を様々な限定的意味領域のうちでコミュニケーションできる唯一の意味領域として置いている。このことは、シュッツの自然的態度の構成的現象学を「独我論」であるという謗りから免れることを可能にするかもしれない。けれども、その代償としてシュッツが成立させていく自然的態度の構成的現象学は、日常生活の世界、あるいは自然的態度がそうしたものではない可能性をそこから排除してしまうのではないのか。
 シュッツは次のようにいう。「コミュニケーションは、諸感覚の至高の現実に、つまり外的世界の至高の現実に属する諸々の対象、事実、ないし事象によって生じるのであ」り、「それらの対象、事実、ないし事象は、間接呈示的に統覚されている」[Schutz, 1955=1985:181]のであると。このように、シュッツにおいてコミュニケーションは間接呈示的統覚に委ねられる。そして、シュッツがこの間接呈示を、シンボル的間接呈示と他のすべての間接呈示的関係とに区別するとき、この二つの至高の現実はふたたび多元的現実論に組み入れられ始める。「シンボル的指示関係は、日常生活という限定的な意味領域を超越しており、それゆえに相関する対のうちの間接呈示する側のみが日常生活に属しているが、他方、間接呈示される側は、別の限定的な意味領域において、…(中略)… 別の下位宇宙においてその現実性をもつ」[Schutz, 1955=1985:181]。
 シュッツは、日常生活の世界を自然的態度とプラグマティックな動機に支配されているとして捉え、その世界のなかで〈私〉の身体が占めている位置、すなわち私の実際のここを自らの相対的位置を占める際の出発点(座標体系のゼロ点)として捉えた。そして、〈私〉の実際のいまは、時間パースペクティブの原点として、世界のなかの諸々の出来事を、事前と事後、過去と未来、同時性と継起性などといったカテゴリーのもとに組織化するといっていた[Schutz, 1945=1985: 29]。それから十年たったシュッツの思考において、そのことには基本的に変わりはない。だが、それはそこに「世界」をそのようなものとして置くことにほかならないのではないのか。
 私が主張したいのは次のようなことだ。われわれは、単純には、そして決して世界−内−存在ではありえない。世界−内−存在とは、それを指し示す〈私〉がそうした世界の内側には決していないことを消失させながら、自らの生きられるヴァーチャルな領域を世界と置き直すことによって達成される。自我とはこうした世界−内−存在にどうにかして滞留しようとする者の名である。シュッツの場合、世界の内部に留まろうとすることによって、飛躍による移行として決してともに在ることのなかった諸意味領域の時間的差異は、空間的差異として組み替えられる。その結果として、多元的現実とは様々な現実領域あるいは意味領域を同時に生きていること、そしてそういう認識に変質させる。シュッツのレリヴァンス論は、こうした多元的現実論の変質の中で生まれてくる。「レリヴァンスの問題についての予備的覚え書き」(一九四七〜五一年)[Schutz, 1970=1996](一一)においてシュッツはこのことを「自我分裂の仮説との隠れた関係」として示している。「何らかのものを主題的に、それ以外のものを地平的にしようとすれば、われわれは自らの統一ある人格の人為的な分裂を想定せざるを得ない」[Schutz, 1970=1996:41](一二)。世界の内部に留まろうとする限り、すべての事柄は世界の方へ落ちてくる。シュッツはすべてを地平−空間−世界の中に秩序づけなければならなくなっていってしまう。

五、おわりに

 われわれは、もはやシュッツがシュッツを超え出るところを見ていかざるを得ない。そうしたわれわれはシュッツのその先でもうひとりのシュッツの像を見ることができるかもしれない。そのときこうしたシュッツの像はもはやシュッツ自身における対応物をもたない。われわれがシュッツがシュッツを超え出るところでみるのは、幻像としてのみ可能であるようなシュッツの姿であるだろう。
 ブランケンブルクは、分裂病者を現象学者に見立てた[Blankenburg, 1979=1980]。ブランケンブルクによれば現象学者は哲学的な関心や理論的な問題の立て方において、分裂病者と同じようにわれわれの生活をささえているところの自明性が疑わしいものになるという。この現象は、現象学の方法論的基底としてあげられる経験的な世界に対する信念の停止、すなわちエポケーの操作と関係している。ブランケンブルクは、「自然な自明性」を考える上で、シュッツの自然的態度における経験的な世界とそこにおける諸対象の実在に対する疑念の停止という意味でのエポケーに注目する。ブランケンブルクは、フッサールのいう信念の停止という意味での(現象学的)エポケーを「エポケー 廖▲轡絅奪弔里いΦ診阿猟篁澆箸いΠ嫐での自然的態度のエポケーを「エポケー◆廚箸き、分裂病者における自然な自明性の喪失の本質はこのエポケー△瞭丹枦な「弱さ」だと捉える。
 しかしわれわれの結論は、自然的態度の構成的現象学というプロジェクトは、シュッツのように何らかの内容をもった日常生活の世界、あるいは自然的態度というものを立てる限り、それに対する否定性が加えられていってしまうことだ。このことを考えるとき、われわれにはシュッツの自然的態度の構成的現象学に対抗しうるもうひとつの自然的態度の構成的現象学の像が浮かび上がって来ざるを得ない。そしてそれが、もうひとつのシュッツ像にほかならない。
 われわれはこのことを自然的態度のエポケーをめぐって次のように立論することができる。現象学者が経験的な世界とそこにおける諸対象の実在を括弧に入れなければならならなかったのは、かつてはそれほどまでに「世界」に対する信念は強固で自然なものであったからではなかったか。そうであるからこそ、超越論的現象学は、出発点としてエポケーという形で敢えて超越論的な視座を獲得し記述しなければならなかった。だが、われわれはもはやそうした現象学的エポケーを、疑念を停止する操作に類比させ、自然的態度のエポケーとして置き直す必要はない。われわれは、疑念を停止しているのではなく、疑念を停止することすらしていない。自然的態度とは疑念を停止しているということではなく、疑念以前の問題であるからだ。

 さて、われわれは冒頭の多元的現実論と狂気の世界との関係性の話題に戻ることとしよう。シュッツはなぜ狂気の世界を語らないのか。われわれはシュッツの自然的態度の構成的現象学を応用したブランケンブルクの精神病理学を参照することによって、次のような立論をすることができる。それは、狂気が語り得ぬからであるにほかならないと。しかしそれはまたきわめて単純な仕掛けによってである。狂気は、語られる瞬間に自動的にわれわれに了解可能な領域へと組み入れられる。語られる狂気は、定義的に狂気から逸脱する。狂気の世界は、結果として語られない領域へ取り残されるし、またはじめから語られない領域、取り残される領域であるのだ。
 そうした意味において、シュッツが狂気の世界を語らなかったことは、多元的現実論がきわめて真当に議論が組み立てられていることを示している。だが、それは、社会学とは相容れないのではかったか。たしかに、そうであるのかもしれない。だからといって、シュッツを無理矢理社会学者として仕立て上げようとする後続者たちの轍を踏むことはできない。そうであるならば、残された道はひとつしかない。社会(学)の生まれ出づるところを指し示す──そうした、否定的な意味においての社会学者、いわば超社会学者としてのシュッツがそこに居る。

【註】

(一)シュッツは多元的現実について論文「多元的現実について」[Schutz, 1945=1985]および論文「シンボル・現実・社会」[Schutz, 1955=1985]の中の「多元的現実について」の節において議論を展開している。前者の論文は『社会的世界の意味構成』においてすでに社会的世界を「多様に分節されている」[Sch_tz, 1932=1982:19]ものとして捉えていたシュッツが1936年から37年にかけて執筆していたとされる論稿に基づいたものである。
(二)同様に論文「シンボル・現実・社会」においては「子供の遊びの世界といった諸々の想像物や空想物の世界、狂気の世界、さらに芸術の世界、夢の世界、科学的観照の世界」が挙げられている[Schutz, 1955=1985:179]。
(三)『自明性の喪失』[Blankenburg, 1971=1978]からは、ブランケンブルクがシュッツの著作から直接というよりも、ナタンソンの論文を通してシュッツの現象学的社会学を受容し、精神病理学に応用する途を得たことが窺われる。
(四)アンネはこのことを「基本的な事柄」であり「根本的なこと」であり「大切なこと」であると言っている。
(五)アンネが「自然な自明性」を「ほんのちょっとしたこと」、「取るにたらないこと」、「おまけのようなもの」にすぎないというのは、この当たり前の感覚を示しているだろう。
(六)病という概念には、それそのものの中に社会と接合する〈知〉が含み込まれている。このことは病をそれそのものとして特定することを困難にさせる。なぜなら、そうした〈知〉を削ぎ落としたところには病は成立しえないからである。しかしながら、精神医学の場合この問題は特に深刻なものとなる。精神の病の場合、その病はあからさまに〈知〉によって作り出されたものであることが見え隠れするからだ。
(七)ブランケンブルクは、「ヤスパースにはじまった精神医学の主観主義的方向転換がぎりぎりの所まで押し進められている」[Blankenburg, 1971=197845]としてリュムケのこの概念を評価する。プレコックス感は、患者の第一印象や医師の直感に基づいた診断とも繋がっていく。
(八)こうした点からすれば、精神病理学とは分裂病とよばれる他者の現象学のことになる。現に精神病理学者である松尾正はこうした考え方を表明しており[松尾、一九九二:六五]、これにしたがった研究を行っている。
(九)もし、こうした自明性を主張するならば、かつてポルナーがまさに精神医学の現場で発見した「リアリティ分離」[Pollner, 1985=1987]の現象が捉えられるであろう。
(一〇)シュッツは1954年6月21日付のグールヴィッチ宛書簡において次のように書いている。
「労働の世界」を「日常生活の世界」と対置することがわたしにとって重要になってきました。なぜなら、この二つの概念はほとんど重なり合わないからです。
[Sch_tz & Gurwitch, 1985=1996:374]
(一一)これは「自明視されたものとしての世界――自然的態度の現象学に向けて」として構想された五部構成の研究の第一部に相当する草稿であり、遺稿として出版された。
(一二)注意しなければならないのは、こうした自我分裂は、分裂病とは完全にすれ違うことである。レインは自らの著作を『引き裂かれた自己』[Laing, 1960=1975]と呼ぶことによって、分裂病の分裂の意味を再解釈しようとした。これによってレインは、そこに分裂を読みとるために分裂を強調して、自我分裂と分裂病とを混淆させる。しかし、分裂病者は決してレインが想定したように分裂することはできない。レインが行ったことは、自我の様態の逆投射によって可能になる対象の様態の分析である。レインが、世界とのあいだに、そして自分自身との間に分裂を見る[Laing, 1960=1975:14]というのは、分裂病者という特定の存在において自己、あるいは自我が分裂していることではなく、われわれが世界とのあいだに自分自身との間に分裂を生じさせていることそれのみなのである。
   したがって、自我分裂として捉えられるようなあり方は、分裂病的というよりも神経症的だ。なぜなら、こうしたあり方は、すべてを記述しようとする志向の極限において(自我の)分裂を志向し、かつそれはひとつの世界の内に留まろうとすることであるからだ。こうした意味において、シュッツの自然的態度の構成的現象学は神経症的に構成されている。そして、それは何よりも自然的態度に支配された日常生活の世界という語り得ぬものを記述しなければならないところに起因している。

【文献】

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------------- 1948 "Sartre's Theory of the Alter Ego," Philosophy and Phenomenological Research, 2. → Schutz, 1962
------------- 1955 "Symbol Reality and Society," Lyman Bryson, Louis Finkelstein, Hudson Hoagland, & R. M. MacIver (eds.), Symbols and Society: Forteenth Symposium of the Conference on Science, Philosophy and Religion, Harper. → Schutz, 1962
------------- 1962 Collected Papers I: The Problem of Social Reality, Maurice Natanson (ed.), Martinus Nijhoff.(=一九八三/八五 渡部光・那須壽・西原和久 訳『社会的現実の問題』 Κ◆▲▲襯侫譽奪鼻Ε轡絅奪鎮作集1・2、マルジュ社)
------------- 1970 Reflections on the Problem of Relevance, Richard M. Zaner (ed.), Yale University Press.(=一九九六 那須壽・浜日出夫・今井千恵・入江正勝 訳『生活世界の社会学――レリヴァンスの現象学』マルジュ社)
Sch_tz, Alfred & Aron Gurwitsch 1985 Alfred Sch_tz / Aron Gurwitsch Briefwechsel 1939-1959, Wilhelm Fink. (=一九九六 佐藤嘉一 訳『亡命の哲学者たち――アルフレッド・シュッツ/アロン・グールヴィッチ往復書簡1939〜1959』木鐸社)